COLUMN
コラム

2015.04.01

菊地 慎吾

2015年4月入社 土木部
埼玉県鴻巣市出身/埼玉県立熊谷工業高校土木科卒業

どのような学生時代でしたか?
小学校三年生から硬式テニスを始めて、中学校入学からはソフトテニスで高校卒業までやっていました。
試合では…中学校の時は周りの学校が強すぎて歯が立たなかった(笑)。そんなこともあり、せっかくだったら強い所でやりたい!という思いがあり、熊谷工業へ進学しました。

熊谷工業は運動部がとても厳しい学校ですが、テニス部もラグビー部や野球部と同じくとても厳しい部活で有名です。
あえて自ら選んだ道ですが、緩めだった中学の部活から厳しい部活へと進んだので、一時はどん底に…勉強も何もかも落ちて行って…その頃は辞めたいとすごく思っていました。
実は入学して夏前くらいに怪我を負ってしまって。重傷で直るまでに3か月が必要でした。その間、練習も何もできなくて…入院はしなかったので、余計にどんどん周りから遅れて行くような感じもありで。
実質2カ月間はほとんど動けませんでした。体力も筋力も技術面もどんどんと落ちて行く。もちろんそんな間も部活には顔を出していて、動けなくてもできるようなトレーニングをやっていました。でも、毎日顔を出すのがだんだんと辛くていやになってきて…。
その冬前に何とか復帰はしたものの、すでに周りは「いよいよこれから!」って時期で、自分はやっとスタートみたいな…打ち始めた時にははっきりと差ができていました。
メンタル面も弱って、モチベーションも思いっきり落ちて…とにかく凄く辞めたいという思いが強かったです。

そんな時にテニス部の顧問の先生に思いっきり怒られました。本当にいろいろと言われて…そこから急に火がついて「おれって何やってんだよ!」って…目が覚めました。それで練習とかのスイッチを入れ直して、遅刻なんかもしないようにして。テニスも勉強も頑張り始めた自分になりました。

2年生の夏前、インターハイ予選が終わり3年生の引退で自分達の代になる頃には、必死に練習した甲斐もあって周りとの差が縮んだ実感を持てるようになりました。秋の新人戦を目標にモチベーションも上げる。「休まないこと!」「遅刻しないこと!」。そして部活の仲間とコミュニケーションをとって、おバカなことも含めていろんな会話で気持ちを高めて行って…朝練は7時半からだったので家を出るのは6時くらい。鴻巣発6時半の電車に乗って学校へ。とにかく“時間は絶対守る!”。そんな自分でした。

「新人戦」が終わって「インドア大会」という室内で行う試合に向かった頃から、更にかっちり練習を行いました。ソフトテニスは二人でひと組み、団体戦に出られるのは4組8人まで。大前提でうまい人たちが集まっている学校なので、レギュラーになるのは本当に大変です。でも先生が頑張りを認めてくれたのか、「インドア大会」でレギュラーに選ばれました。毎日頑張っていれば、見てくれる人は見てくれているんだな…って。

そして次の目標が春の「関東予選大会」。でも試合の前にピークが来ちゃって…大会を前にして勝てなくなって。結果、地区予選であと一歩のところで敗退。
県大会に出られませんでした。メンタルが弱かった…?すごく落ち込みました。

でも、まだ最後の大会で「インターハイ予選」がある。「関東予選大会」で、県の上位に入らないとインターハイ予選に出られないのです。結果は…個人戦では試合自体は自分は出られませんでしたが、団体戦ではインターハイ予選への出場権を得ることができました。
負けたからイイやでは無くて、やるなら最後までやり遂げようと毎日頑張りました。自分の試合は無いのだけど、毎日頑張っていたら最後の最後でレギュラーに入れました。
自分はレギュラーに入れたけど補欠的な位置で、試合に出られないと思っていましたが、顧問の先生に「菊地、いくか!」と言われ、最後の大会ってのもあり今までの人生で一番緊張してしまい、試合になりませんでした…(笑)

毎日毎日、ずっとずっと部活をやってきて、家には晩御飯とお風呂と寝るために帰っていたような日々。遊びたいけど部活。本当にテニス、テニス、テニス。
でも部活で学んだことは多い!テニス以外の面でも人として成長できたと思います。顧問の先生も人の鑑みたいな人で、これからの世の中、社会で通用するようなことを教えて頂きました。
あの時辞めないで本当に良かったと思います。

テニス漬けの生活が終わると、何もすることが無くなって…休みの日はぼーーーっとしているだけ。熊谷工業にはテニスをやるために入ったようなものだったので(笑)。生きている時間がもったいない…将来の事も考えないと…。
そんな頃、先生から「古郡建設いくなら測量やんなきゃな」と言われ「測量」の大切さを聞かされて「土木研究部」に入部。ちょうど8月の半ばくらいに「高校生ものつくりコンテスト」の「測量部門」の埼玉県大会があり、なんと埼玉県大会に優勝して関東大会に出場。実は関東大会の常連出場部になっていて、これまでに先輩たちが築いて来た伝統をきちんと繋いだかなと。大会の内容は、昨年の「頑張る新人君」の高橋先輩のページをご覧ください(笑)。
埼玉県立いずみ高校(関東大会なのに埼玉県で開催…笑)で開かれた関東大会では雨が降っちゃって、結果は散々。
土木研究部での経験…なんだかおいしい所ばかり…でも、テニスが終わってからの一つの大きな目標になりました。

古郡建設との出会と入社までは?
学校のクラスで現場見学というのを実施していて、その中に古郡建設の現場がありました。当時自分の頭の中はテニスの事だけだったのですが、実際に現場を見て、何となくこの会社っていいなと思って…。
そんな時に先生から、就職先として古郡建設を紹介。正直な話、それまで就職先とか将来とかをほとんど考えたことがなかったのですが…(笑)。
会社訪問は7月の終わりころ、ちょうど深谷祭りの時でした。現場見学へは、祭りの影響もあって行けませんでしたが、本社内でいろいろとお話しを聞きくことができました。
会社の第一印象は…会社というものの中に入ること自体が初めてで…玄関に入った途端の「いらっしゃいませ!!」にビビり圧倒されました。「なんだーー!!ここーー!!」みたいな感じ(笑)。

その次はもう面接。土木の高橋工事長と建築の森工事長のお二人とでした。緊張で内容はよく覚えていません。会社に入った時からがっちがち。で、面接会場では…高橋工事長がなんだか怖い(笑)…もうビビっちゃって。実はすっごく優しい方なんですけど…入社して工事長といろいろと話しをするようになって、本当によくわかりました。(工事長…ごめんなさい!)。

何日か後の社長面接の時は、なぜか1次面接よりもリラックスして話しができました。テニス部の事とか、今も時々顔を出して教えに行ってます、みたいな話を。
社長からは、「入社してから1年たてば後輩も入ってきます。いろいろと教えられるようになって、みんなでいい会社にしていきましょう。」このような言葉を頂き、「はいっ!」って。
11月の内定式では同期に初めて会って「わっ…こんなにいるんだ」。その時はみんながすごく優秀そうに見えて、自分は大丈夫かな(笑)と。

その後卒業までの間は…特に1月からの3カ月間は、〆として自分の自由時間を充実させようと、とりあえず遊ぶべ!って感じ。おばかをやり過ぎない程度で遊びまくりました。友達と出かけたり、たまに部活に行ってテニスをやったりとか。勉強の方は、とりあえず赤点を取らないよう、程よくやってたみたいな(笑)。一番思い出深く残っているのは、スノボをやりに軽井沢へ行ったことです。自分の誕生日を挟んでの旅行だったので、友達にお祝いしてもらって。そして初めてのスノボ体験、高校生活の最後を満喫してきました!

入社してからは?
4月1日は、はっ!と目覚めて、ものすごく不安な気持ちが…社会人としてやっていけるのかな…的な思いがあった入社式の朝でした。でも会社へ向かい始めた時には、ちょっと緊張していたくらいで、不安な気持ちよりも新しいことへの期待感でいっぱいだったと思います!。
本社に入って案内があり、一番上の階へ。そこで入社式です。新人全員の一言コメントがありましたが、何を話したかは全く覚えていません。人前でしゃべるのはどちらかというと苦手かな…。これまでにたくさんの人前で話したことはありませんでしたし。

入社式の後は社内での研修が数日あり、それが終わったらいよいよ現場への配属兼、現場研修です。
配属先は上武大橋の橋脚工事の現場。内定時代の2月に上武大橋での現場見学会があり、さらには高校の時の現場見学も古郡建設の上武大橋でしたので、何となく縁のある場所だなって思いました。
配属のタイミングは、最後に近い工程に入っていて、7月には事務所を畳むくらいの時期でした。ここでの自分の役割は測量や掃除とか。また、現場でのルール、やっちゃいけないこと、そしていろいろな土木の基礎、例えば「丁張り」(「ちょうはり」とは、工事を着手する前に建物の正確な位置を出す作業のことです)とかを教わったりしていました。
人生初の現場配属!先輩の指示に従ってそれなりに仕事をこなせたと思っています。

上武大橋の現場のあとは、建築の現場を経て(…真夏のとても暑い時に熊谷、そして寄居の現場へ。仕事での暑さは部活での暑さと違う?こんなのでへこたれてどうすんだ!みたいな。部活でもそうだったけど自己管理が大切、塩アメや水分の補給など。現場そのものは、土木の現場と全然違うな(笑)というのが感想でした。…)、10月の半ばに改めて今の土木の現場へ。

現場は荒川の堤防強化事業で、さいたま市の秋ヶ瀬地区での荒川沿い、約3,400㎡に渡る「国土交通省 関東地方整備局」の仕事です。配属された時はまだ何も始まっていない更地で、事務所も建つ前の状態です。スタートから携われるとてもいい機会だと思いました。

ここでの自分の担当業務は、いろいろな事の準備と新しい技術の習得、職人さんへの指示出しなどです。経験豊富な職人さんたちからの質問、例えば作業工程に関する質問などに答えたり、自分の分からないことは先輩に聞いて伝えたり。また、これからの現場ではGPSを利用したブルドーザーの操作や、様々な新しいテクノロジーを使用した機材を使いこなす必要があるので、新技術の習得のための勉強をしています…覚えることがたくさん!

昨日と本日の業務は…昨日の午後は国交省の担当の方の立会、今日はこのインタビューの後に現場の安全対策です。 立会というのは、工程の進行状況や作業に使用する機材などを担当の役所の方に説明したりすることです。また本日のこの後の安全対策とは、危険表示の案内板とか看板の設置、スムーズに仕事を進めていくための現場の整理や下準備などを行います。

これからどのような「自分」になりたいと思いますか?
周りから信頼される「ああ菊地なら大丈夫だ!」みたいな、そんな自分をイメージしています。また、以前に会社案内のパンフレットで高橋工事長が「土木の魅力は“地球”相手の壮大な“土いじり”だ」って話していましたが、かっこいい!!と感動しました。自分もそんな言葉を発せられるように早くなりたいと思っています。

古郡建設や建設業界へ進もうと考えている人にメッセージを
昨年入社の高橋先輩も話していましたが、まずは「測量!」。もちろん授業での測量と実際の測量は、現場の環境やいろいろな面で難易度などが異なりますが、きちんとやっていれば絶対に応用が利く!それから「コミュニケーション能力」と「きちんとした挨拶」。そして本当に“人”として「きちんと時間を守る!」こと。学生時代から心がけていれば社会に出ても必ず通用します。自分は…高校の時から遅刻は無い!絶対に遅れない!これからも守っていきます!