COLUMN
コラム

2015.04.01

森 飛翔

2015年4月入社 建築部
埼玉県深谷市出身/深谷市立幡羅中学校卒業/埼玉県立熊谷工業高校建築科出身

名前は「飛翔」と書いて「かける」と読みます。両親の命名で、大きく羽ばたけという意味です!

どのような学生時代でしたか?
小学校入る前からから中学3年生までの10年間は、サッカー小僧でした。かなり頑張っていて、中学の時は埼玉県北部選抜に選ばれたりもしていました。3年連続で、埼玉県セレクションへも進みましたが…そこまで行くとクラブチームの子たちも混ざってくるので埼玉県選抜までは進めなかったです。正直歯が立たなかったですね…鍛え方が全く違う(笑)!

サッカーを始めたきっかけは、親戚の子がやっていて、その影響でスポーツ少年団に入って…当時のポジションはトップ下、北部トレセンだとサイドバック。本当に小学校から中学校までは、生活リズムの中心にサッカー。友達とも、サッカーの“練習”が遊びになってたりしていました(笑)。とにかくサッカーをやりたかったので、普通に友達と遊ぶ時間を作らなくてもいいかなと思って…本当にサッカーが好きだったんですね。

印象深く残っているのは、小学校6年生の時の、24チームが集まった深谷市の大会。それまで、勝つことが全くできなかった自分たちのチームでの、初めて優勝です。最後まで残った、4チームで行われる決勝リーグまで進みましたが、そこで思わぬ相手に負けちゃって…これで「優勝は無いな」と。ところが結果発表で得失点差で優勝したことが分かり…チームみんなが大泣きして……とてもいい思い出になっています。ちなみにその時の自分はトップ下で、何と得点王でした!

高校に入ってからの3年間は、サッカーを辞めてずっとバイト。中学校に入った時に、県とかで新聞に載るくらいの活躍ができなければ、そこまでだなと思っていたので。すごくサッカーの強い高校に行っていたら、また別だったかも知れませんが…。

バイトも親戚の紹介です。運送会社で、スーパーに置いてある野菜を入れる緑色のプラスチックのかごの洗浄や積み込みの仕事。時給は××円。意外と良かったかな。そこで稼いだら使って…みたいな(笑)。バイトの辛さみたいなものは全くなく、楽しくやれていました。

サッカーへの心残りは…あったみたいですね。部活の練習とかを見てると、すっごくやりたくなってきて。

実は、高校入学当初に行われた球技大会でのサッカーで(周りに自分のサッカーの話は一切していませんでした)、思いっきり活躍して、そこから一気に「あいつすごいな!」みたいなのを狙っていました。でもその球技大会の前日に怪我をしちゃって。体育の授業で酷い尻もちをついて、腰が痛くて球技大会は欠場…自分の目論見はみごとに泡と消えました(笑)。
高校で建築科に進んだのは、友達のお兄さんが家の近くにあった木造現場で働いていて、高い所に登って仕事をしているのを見た時に、なんだかいいなと。 高校に入学すると、木造住宅の骨組みを実際に組む実習とかで、みんなで一緒にやって行くのが楽しい、自分達で手を掛けてやるのが面白い。そんなことがきっかけで将来は建設業界に入ろうと思いました。

高校時代の自分と言えば、3年生の時に文化祭の運営委員長をやっていました。実は委員長を決める時に率先してやるって言う人がいなくて…誰もやらないのなら自分がやろうかなって(笑)。
いろいろと仕切りました。クラスや部活から出てくる出し物を承諾するのは委員長だった自分。で、「全部それでいいから!」って。なのでとてもいい委員長だったと思います(笑)。

また、自分がクラスの委員でもあるので、クラスの出し物も仕切りました。出し物はお化け屋敷。自分達の教室内を仕切って迷路にして、お化け役を何人か置いて、電池が切れそうな懐中電灯くらいの明るさをセッティングして…ほぼ闇状態、真っ暗にするお化け屋敷は学校史上初。来てくれた中学生の女の子で、泣いちゃう子も出ちゃって…なのでクラスの出し物は大成功! 委員長としても…文化祭が始まる前に壇上の上に立って話したくらいで、あとは進行の確認くらい。自分が動かないということはトラブルが起こっていないということ!よってこちらも大成功!

古郡建設との出会いと入社までは?
古郡建設を知ったきっかけは、ネットと学校の資料からです。経営理念とかホームページの「頑張る新人君」を見て、いいなと思いました。
もともとは職人、鳶とか左官をやりたかったのですが、いろいろと自分で調べて行くうちに現場監督の仕事を知って、興味を持ちました。

現場監督の仕事は面白そうだなと感じていましたが、周りの人からは「大変な仕事だぞ。辛いぞ!」とも聞いていました。…脅し??(笑)。
でも、どうせだったら、そっちの方がやりがいがあると思って。選ぶのなら大変な方にチャレンジしたい、やってやりきった感がある方が後味がイイ!そんな自分の性格もあり、あえてこの道に進んだのだと思います。

会社訪問での第一印象は、本社の挨拶にびっくり。「いらっしゃいませ」で「うわっ!」って。すごくきちっとした会社だなと、それまでに抱いていた建築会社のイメージとは全然違いました。会社の説明を聞いて、資料を頂いてその日は終了。実際の現場へ見学に行ったのは2月頃でしたが、会社訪問のこの段階で、ここに入りたいと決めていました。

次に会社に来たのは面接の時。建築の森工事長とリニューアルの新工事長とでした。
その時は…自分の長所…協調性とかの話しと、文化祭などの高校生活の話し。そして、いろんな人と協力して一つのものを作っていくことが好きで楽しい。そのような話でした。

社長との二次面接では、志望動機とかは聞かれなくて趣味とかの話しでした。
もともと緊張する方ではないのですが、どちらかといえば椅子に座るまでの、社会人的な手順に緊張(笑)。そんな面接でした。

そのあとに内定通知を頂き、本社での内定式。同期のみんなの表情が、なんだかすごく知識がありそうに見えて…これから勉強していかないとヤバいなって感じ…(笑)。

でも内定式が終わったあとも、ずっとバイト。そんな中、2月に一度会社に来て、上武大橋の現場見学会に行ってきました。無人の機材で掘削したりしていた現場で…作業員とかがいないのが印象的でした。

そして卒業式の後は、学生最後の思い出として地元の同級生とスノボと温泉旅行へ。男だけだったので、結構はっちゃけてきました。思いっきり発散して、いよいよ入社式を迎えることになりました。

入社して今までは
4月1日の朝は、何となくいつも通りで、特に緊張も無く…(笑)。
これまで何度か会社に来ているけど、改めてここで働くんだなっていうわくわく感、それと朝が弱いのでこれから毎日が大丈夫かなって…この二つが入り混ざった感じでした。

入社式でのスピーチは、どう言えばいいのか分からなかったので前の人のスピーチを参考にして話したような(笑)。

その後、社内・社外での座学的な研修を何日か経て、深谷の現場へ。研修的な配属でしたが、ここでは事務所の中でコンクリートを拾ったりしていました(※「コンクリートを拾う」とは、図面から使用する体積を計算して求めることです)。学校の事業で何度もやっていましたが…自分は苦手なほうかな(笑)。

実際の配属は5月に行田の老人ホームの現場へ、基礎を打っている工程でした。現場自体は2016年の2月までで、今は内装工事まで進んでいます。

この現場での自分の役割は、ひとつ上の真下さんに、いろいろと仕事の進め方を教えて頂きながらアシストすることと、職人さんたちのお手伝い。 毎日欠かさずやっていることは、現場内に流している仮設電気のコードの状態の点検整備。そして今日のこのインタビューの後は、内装の現場を回って、そこで使用するさまざまな材料などの確認作業の予定です。

現場で思ったこと…真剣にやっていると時間があっという間に過ぎて行きます。本当に時間がたつのが早い…もう一日が終わった…これやれなかった…焦り…自分がその日のうちにやろうと思っていた作業に時間が掛かっちゃったりすると…たまにありますが、もうあれから一週間もたってしまった…なんて。
現場の仕事はスケジュール管理が大切、何かが遅れると、全て後工程に響いてくる。
ですから自分が頼まれた仕事は、出来るだけ早くこなそうと努力しています。そして常に時間を意識する!今期下半期の自分の目標にもそう書きました。自分で処理する作業は2日から3日以内に工程に支障が出ないように処理する!これが今の自分です。

ですから自分が頼まれた仕事は、出来るだけ早くこなそうと努力しています。そして常に時間を意識する!今期下半期の自分の目標にもそう書きました。自分で処理する作業は2日から3日以内に工程に支障が出ないように処理する!これが今の自分です。

古郡建設のイメージは?
自分が思っていた、求めていた通りの会社でした。「みんなが一つの気持ちになって“何か(※仕事以外の事も含めて)”をやる」そんな感じが大きい。本当に自分が思っていた通りの会社に入れたかなと感じています。

将来の自分は?
上司、諸先輩方が優しい会社なので、自分が聞きたいこと、知りたいことに、きちんと返してくれる。とにかく吸収できることは、出来る限り吸収していきたい!そして新しい現場に就いたらそれまでの経験を生かして、さらに新しいことを吸収していく、そんなループを作り、現場監督として大きくなっていく。そんな気持ちです。

将来の後輩たちへ
ONとOFFの気持ちを、きちんと切り替えることができればよいと思います。仕事をする社会人としての自分と、プライベートの自分をきっちりと切り替えて、メリハリをつけることができれば、仕事も遊びもうまくいくと思います!